先週の日曜日は、茶子さんがまた遊びに来てくれて、またまたテキパキと動いてくれて、助かりつつ楽しかった。(夫の茶子さんの第一印象は、知り合ってまだ一時間も経ってないのに、すでに台所で野菜を洗っているすごい子、というものらしい。)しかもこんなステキなお花までいけてくれて。(客に花をいけさせる我が家も我が家だが)あっというまに一週間が経ったけれど、花はまだまだ健在… って淡水、寒すぎなのだ。
寒くなると、冷え性の私はてきめんにおっぱいの先がちりちりしてきて、ちょっと詰まりかける。たいてい今までは自分で搾ったりするので何とか切り抜けてきたのだけれど、先週、とうとうついに乳腺炎一歩手前まで行ってしまった。プロの手を借りてもまだしこりが残っているほど。
思えば、寝不足の状態で、食べたものが揚げた魚だったことがてきめんに影響したみたい。母乳育児の勉強会に行って、お弁当で出たのだから、ちょっと皮肉… 右のおっぱいの上の親指大のしこり、今度の帰国まで悪化しないといいんだけれど。
もしかして日本は木工品が流行中… ? それとも我が家だけに集中しているのかな。

左から、はるの離乳食用に自分で買ったスプーン from アトリエとき。カーブが美しい。
友人からはるにと貰った三谷龍三さんという作家さんの大小スプーン2本。素朴な感じ。自由が丘のWASALABYというお店からやってきた。
右の太っちょフォーク&スプーンは、小倉賢一さんという作家さんによるもので、実家が畑をしている朝倉の方にあるテカラというお店(すんごいシンプルでステキなお店で、ここで売っているふたりのお子さんを持つ、とうと(お父さん)が作ったという米粉半分のビスコッティが、かりんと噛み砕くほどに粉の味がじんわりしてとても美味)で、はるが自分で食べるようになったら使って、と、母と妹が買ってくれた。見た目よりも軽くて使いやすそう。
アトリエときは、湯布院の散歩道、亀の井別荘の裏手の林の中にある。私のお財布にはちょっと高めだけどステキなものばかり。もう作っていないという植木鉢をお願いしてふたつだけ譲ってもらった。ひとつ4000円だったかな?お気に入り。

朝、終日学校で講師向けのワークショップに出かける夫を送り出し、犬たちを庭に出してから、はるにごはんを食べさせていると、どこからか「キャンッ!」と甲高い声が聞こえて来る。これはソラがドアを開けて家に入れて欲しいとか要求する時の声で、いつもは無視するのだけど(無視せねばならないのだ、教育上)何だかいつもより遠くから聞こえてくるし、ドアのところに犬の姿はなく、変だなあと思って、庭に出てソラを呼んでみる。すると「キャンッ!キャンッ!」と興奮する声が上のほうから。。。

あれー、何でそんなところにいるの!

隣の廃墟の2階のバルコニーで嬉しそうにこっちを見ているソラ…
ハナを連れて助けに行こうとするが、絶対に犯人であるはずの(ソラがひとりでそんなところまで行くことはない)ハナはもう隣には入りたくないらしく、知らんぷり。廃墟の中は足場が悪く、赤ん坊を抱っこしたまま入るのはためらわれる。ソラの帰巣本能を信じて放置しようとするが、30分経って様子を見に行くと、同じ場所でニコニコこっちを見ている。三條線…
仕方がないので、近所に住んでいる夫のアシスタントの学生H君に電話して来てもらう。廃墟にいるあいだにソラのお尻は真っ黒になっていた。庭木の水やり用シャワーで洗い、タオルドライ。遊んでもらっていると思い、大喜びのソラ。アホすぎるよ、アンタ… 犬って普通、何キロも離れたところでも家を見つけて帰って来ないかい?隣、しかも見えてるのに帰って来れないって…. 最近、手作りごはんが減って太って来たソラ。本能もだんだん錆び付いてきているのかも?
久しぶりに我が家でおもてなし。っていうか、マクロ料理でおもてなししたの、初めてかも。というのも、とうとう、台湾でマクロをやってい る(いた)友達が出来たのだ。パチパチパチ….! メニューは、マクロな手巻き寿司(「わら」仕様の五分づき米と梅酢&絞った柑橘と塩ですし飯/かんぴょうの照り焼/自然農の蕎麦スプラウト/自然農のレタス/豆乳マヨ/りえさんが持って来てくれたベジふりかけ、かぼちゃの伊達巻き風を手巻き用にしたもの)、かぼちゃの伊達巻き風、高きびローフ、りんごと大根のサラダ(デコさんレシピのお気に入り)、りえさんお手製の車麩の治部煮、茶子さんが持って来てくれた玄米餅で簡単にお雑煮。
今頃写真を見ながら思う。自然農の山芋もあったのに、切って梅ぼしたたいて一緒に出せばよかったなあー。なんっかバタバタとして全然頭が回ってなかった。ああ、こんなんじゃ料理教室なんて出来ないわ。
デザートは、茶子さん特製の抹茶(渦巻き)と鐵観音(四角)のクッキー。めちゃうま。すぐに売り切れました。
食後、みんなでまったりおしゃべりしていると、妹からEMSの小包が届く。ストッケの椅子の上で大暴れするはるの拘束具… じゃなくてハーネスが届いたのだ。一緒に入っていたのが、母と妹が去年初挑戦した自然農の田んぼの成果=緑米と黒米のお餅。茶子さんの手作りのお醤油ときな粉の二刀流で頂く。おいしゅうございました!

明けましておめでとうございます。

大晦日は、3時間ほどの昼(夕)寝のあと、仕事の打ち合わせを終えて帰って来る夫を待ちながら、蕎麦の準備。はるとお風呂に入ったところで、彼が帰って来た。暖かい服を着せ、いつもより遅い時間ながら、はるにも蕎麦や好物のサツマイモを食べさせて、夜の10時。それから3人で伊通公園へ向かう。車の中で日本は新年を迎え、家族に電話。時差つきの新年ももう慣れて来た。
伊通では、すでに年越しパーティが行われていて、20数年前の台湾の歌謡曲ががんがんかかっている。劉文正とかそういうの。車では眠っていたはるも目を覚まして機嫌良さそうにしていたけど、新年を迎えたとたんに、おっぱい&グズグズ&撃沈。私は、昨日届いた自然育児友の会の会報を読みながら、騒いでいる人たちからちょっと離れて座る。喫煙者が多いってのもあるし、お酒が飲めないってのもあるし(呑んでる人たちを前にするとちょっぴり寂しくなる)。
対する夫は、喫煙区?のベランダで楽しそう。伊通の慶堂&お兄さん特製のごはんはサラダが多くてちょっと陰性なので冬にはツライけど、定番のパエリアはいつもおいしい。思わずおかわり。特別な日なので、パネトーネもちょっと頂く。満月だからよしておいたほうがいいかもと思いながら、ちょっとフェタチーズも食べた。おいしかった。
ひとりで来ていた40代の美人の女性が泣き出した、と夫が嬉しそうに報告に来る。どうも最近離婚したばかりらしい。お子さんはもう17歳。夫の十八番、話を聞きながら、慰めつつ、からかって、大笑いしているのが聞こえてくる。私も前よくやられたなあー。泣いているところに美味しいケーキを差し出して、それを食べるのを見て大笑いし、泣いてる本人も仕方ないので笑い、「泣くか食べるか笑うかどれかにしろよー」とさらに笑われている。あれ、嫌だけど嫌じゃないんだよねー。からかいにも愛があるし、笑いは大切だし。夫はああいうの上手だと思う。
もうひとりの編集者の友達も酔っぱらっているところを夫にさんざんからかわれ、どうやら好きな人に電話までされて(これはちょっとさすがに可哀想だったが)Fxxx you! と怒っていたけど、あれはあれで良かったんじゃないかと思ったり。
はるも既にベビーシートでぐっすりの帰り道、radiohead の Creep がラジオから流れて来て、夫とふたりでええ歌やなあーとしんみり聴く。好きな人の前では、誰もがCreep になっちゃうよね。元旦早々 Youtube で Creep 関係のビデオを探して見る。ライブのとか、すんごいなつかしい感じ。ライブ行きたいなあ。子育てしててひとりの時間がない!キー!とはならないけど、(ちゃんとスタジオで)ヨガがしたい。映画見たい。このふたつに関してはやっぱりちょっと欲求不満になったりもする。
それに最近ライブが加わった。子どもが出来てラディカルになってるからか、単にCD買いに行けないから iTune Store でいろいろあさってたら自分の原点に戻ってきたからか、オルタナティブとか前に聴いてたのが、自分のなかで返り咲いている。はるはどんな音楽を聴くようになるんだろう。ヘッドフォンでがんがん音楽聴きながら歩きながら孤独を感じながら泣いたりするようになるんだろうか。台湾に来た頃は、私もよくやってた。radiohead にはほんと泣かされたなあ〜。
今年は台湾に来てちょうど10年。何かちょっと違うことを始めたい。そのための新しい流れが生まれて来ているように感じるこのごろ。
今年もどうぞよろしくお願いいたします!
翻訳サイトを使って、たまに私のブログを読んでくれているオーストラリア人の友達のために、いつも日記のタイトルだけは英語にしてみてるんだけど、これ病名。私も初めて知った。突発性発疹のことらしい。中国語では、玫瑰疹(風疹ならぬ薔薇疹… ロマンチック?)。生後6ヶ月〜2歳の子どもの約7割がかかるという病気で、3日くらい高熱が出た後、全身に赤い発疹が出るというもの。ウィルス性なんだけど、熱性けいれんが起きることもあること以外は、そんなに怖い病気でもなく、まあ生まれて初めての病気の洗礼としては妥当かなという感じ。
前置きが長くなったけど、お察しの通り、はるがこれ、やりました。12/25の夜、いつもは夜中におむつを濡らすなんてことはほとんどないはるが、朝までに5-6回もおしっこしている。変だなあと思いつつ、明け方、授乳のため起きると、はるの体が燃えるように熱い。熱を測ると、39.2℃もある。授乳しながら、枕元に置いていた「小児科へ行く前に」という本をひもといてみる。頻尿と高熱は、尿路感染(腎盂腎炎)の疑いがあるとある。すぐに頭に浮かんだのが、「あー紙おむつケチったからだ…」。いつもは布おむつのはるだけど、たまに長時間外出するときは紙おむつを使っている。前日出かけるときに、前に30分とかしかしてなくて、濡れなかった紙おむつを出して来て使ったのだけど、これが不潔で感染しちゃったんじゃないかという気がしたのだ。もしそうだとしたら、母親失格というか、大バカすぎる。腎盂腎炎だと入院もするらしく、ちょっと心配になってくる。
26日は、大学時代の友達が家族で台湾に遊びに来てくれていたので、とりあえずランチ&うちでの午後のお茶だけは敢行。はるも朝よりは午後のほうが元気になって笑顔も出ていた。それでも、一緒に行きたかった淡水観光は断念して、はるを近所の診所へ連れて行くことに。マクロのお手当てで乗り切りたいという基本的な希望はあっても、診断はしてもらったほうがいいと思ったし、本当に尿路感染なら、抗生物質も仕方ないかなという気持ちもあった。
ところが、診所の若いお医者さん、尿検査はここでは出来ないんですよ〜、とか何とか言いながら、背中とお腹をもしもしして、耳と喉を見た後、「喉がちょっと腫れてるから風邪かもしれないし、よくわからないから、とりあえず、解熱剤と風邪薬と抗生物質を出しておきましょう」という。しかも、出された薬は錠剤を粉々にして一緒に混ぜたもの。ミックスかい〜。それにチェリー味の解熱シロップ!奇しくも野口晴哉の「風邪の効用」を読んでるところ
にこの事態。風邪を経過するたびに体が強くなるんだ、ふむふむ。なんて思っていた矢先。風邪薬なんて飲ませたくない。熱だって、必要だから出ているはず。せっかくはるの体が免疫力を身につけようとしている機会を私が奪っていいものか?と悶々とする。すると、有り難いことに、夫が「飲ませたくないなら、今晩飲ませずに様子見るか?」と言ってくれる。なんだかジーンとする。その晩は、小松菜ではるの頭の下に青菜枕をして寝かせた。(写真は役目を果たした後の小松菜)それから急性腎盂腎炎の場合に効くという「第一大根湯」を(母乳をあげている私が)飲んでみる。で、一晩中おっぱい。食欲があるのが救い。朝になると平熱に近くなっていて、これで行けるかも?と思う。
でも夕方になるとまた熱が上がって来た。薬どうしよう。。。と思いながらも、どうしても抵抗がある私。解熱のお手当て法について、さらに調べてみる。豆腐パスターは乳幼児にはキツすぎるんだ。里芋パスターで代用とあるけれど、里芋がない。。。あっ里芋粉買ってたんだった、と思い出し、ジャガイモをすりおろし、青菜をみじん切りにして、里芋粉に混ぜた青菜パスターを作って、はるの額に貼って、保冷剤ではるの脇や後頭部を冷やしながら、2日目の夜も結局薬ナシで過ごした。
次の日はるの熱はめでたく下がり、夕方頃から発疹が出始める。2日目くらいから、「これはもしや突発性というやつかも?」と予感していたのが大当たり。ああよかった、尿路感染じゃなくて… 。
昨日も一昨日も、病気の不安感からか、ぐずぐずしっぱなし、おっぱい銜えっぱなしだったはるも今夜は口をぽかーんと開けてぐっすり寝ております。ああほんとに良かった。いちおう病院へ連れて行くこともしたうえで、お手当てで乗り越えられて、なんかいい感じに収まってくれて、(夫婦間のジレンマもなかったし、はるにとってもいい結果になった)今後もこんな感じでいけたらいいなと思った、初のビョウキ体験だった。
お産日記、ラストです。
私の大好きな本、橋本ちあきさんの「自然に産み、自然に育てる」には、「陣痛は『お腹の痛み』ではなくて、赤ちゃんが生まれるのを『宇宙がサポートしてくれている働き』だとある。宇宙の波に乗って赤ちゃんが生まれてくるのだと。助産院の畳の上でお産することを夢見ていた私には、この橋本さんのコトバがすごく心に残っていて、宇宙からの波を私のお腹が受け取って、赤ちゃんを押し出すイメージを想像しては、その時を楽しみにしていたものだった。
ところが、私のこの子宮の収縮は、薬によってもたらされたものと来ている。陣痛の波を身体で受け止めながら、これが宇宙と赤ちゃんからのメッセージでないことを思うと、正直、ちょっと凹んだ。でも、そんな余計なことを考えていられたのも最初の1-2時間くらい。正午くらいに、N先生から「これ以降は、食べ物は一切口にしないでください。緊急帝王切開になった時のために」と言われ、あわてて玄米甘酒だけでも!(血糖値が下がらないように)と飲ませてもらったのを境に、だんだんお産という行為の中に潜り込んで行ったような気がする。
陣痛の波が来たら、とにかく息をゆっくり吐くこと。ヨガの経験からそのほうが痛みが少ないから、と思ってやっていたけれど、途中で、助産師さんたちに、「赤ちゃんが苦しくなるから、頑張ってもっと深呼吸して!」と叱咤され、そうか、私の呼吸ひとつで赤ちゃんが苦しくなったりするんだ、と気を引き締めた。
辛かったのは、絶え間ない内診。これは、助産院ではないことらしいので、病院でのお産で一番嫌だったこと、と言えるかもしれない。陣痛が来ている時にも見たいのでツライと思うけどごめんねーとか言われながら、N先生と担当の助産師さんのふたりにそれぞれ内診されたり。あれは拷問に近かった。子宮口が全開になるまでが一番辛かったと思う。慌てて飲んだ甘酒や番茶のせいか尿がたくさん溜まってしまい、産道を圧迫して赤ちゃんが降りて来にくくなってしまった時も、頑張ってもぜんぜん出ないし、結局導尿もされることに。(産後しばらく痛かった。)
永遠に続くかと思われた陣痛も、途中で助産婦さんがちょっと薬の量を減らしてくれて、少し楽になった。普通の人よりも倍遅いスピードでの投薬だったんだ けれど、ふだん薬慣れしてない私には効き過ぎてしまったようで、あっという間に3分間隔とかになってしまって、全然休めてないのを助産師さんが気がついて くれて助かった。やっぱり休み休みじゃないと体力持たないよねえ。
そのうちずっと腰のマッサージしてくれていた夫が、「ちょっと外行って、ごはん食べてくるね」と言い出した。朝ごはん以降何も食べずにつきあってく れてるんだし、相当疲れてるよねえ、ということが頭をよぎり、いいよ行って行って、と送り出す。ちなみに陣痛の時、私はほとんどずっと目を閉じていたんだ けれど、ずっとクラリセージの匂いが周囲でしていた。それが、ホントに気持ちよくて、痛みを和らげてくれた。(後で知ったんだけど、妹がティッシュに含ませ てずっと鼻の近くで振っていてくれたのだ。感謝!)
さてさてクライマックスはその後すぐやってきた。陣痛室から、分娩室へ。事前講習を受けていない家族は、立ち会い出来ないということで、私だけが移動することに。「自分で歩いて行きますか?それともベッドごと運ぼうか?」と助産師さん。歩いて行きます、と言いたいところだけど、体力温存だ!と運んでもらうことを選ぶ。実はその時、不思議なことが私の身に起きていた。(その時は不思議だとは思っていなかった)それは、目を閉じて運ばれながら分娩室の様子を想像していたんだけれど、産後びっくりするぐらい、その時の想像は現実とは違うものだったのだ。私の想像していた分娩室。それは、ベッドの向こうにパノラミックな大きな窓がずらーっとあって、その向こうに海が広がっているというもの。ちょっとスタートレックの操縦室みたいな感じ。(あ、トレッキ—な私の過去が。笑)今思うと(想像の中だけでも)そんなところでお産が出来たんだからいいよねえ。もしかしたらあれが、宇宙からの波、だったのかも? 薬で弾みを付けた陣痛だったけど、根本的には自然と深いところで繋がっていたのかもしれない、なんて思う。
分娩台では、フリースタイルに出来るだけ近い形、横になった姿勢で生ませてもらえるという話だったんだけれど、最終的には病院側の判断で、やっぱり仰臥位でということになった。全体に、何をするにでも私の判断をいちいち仰いでくれて私の意志を尊重してくれたので、ごめんなさいでもやっぱり仰向けで、と言われた時には、それが向こうも慣れているだろうし、一番安全なのだろうと、素直に従った。そのおかげか会陰は少し裂けたけど、切開は希望通りナシにしてくれたし(伸びをよくするというしびれ薬をちょっと使われたけど)とにかく順調にいったのだから、N先生と助産師の皆さんには、感謝している。午後4時4分。はる誕生。生まれた瞬間私の病室のベッドで寝ていた(笑)夫も合流して、家族だけのゆっくりしたカンガルーケアもさせてもらったし、個室が空いてなくて母子同室が無理かもというところを、陣痛室で眠らせてもらえて、はると別れ別れにならずに済んだ。次の日の朝の診察ではすべて順調だったので、お昼過ぎには春日助産院へ移動して、産褥入院とあいなった。
ここでめでたしめでたしというわけではなくて、それは母乳育児の開始でもあり、この後、お産にも勝るとも劣らない大きな試練が待ち構えていたんだけれど、それはまた別の話。はるももう8ヶ月。おすわりして遊んでいるのを横目で見ながらこの日記を書いている。この大きな幸せを私に与えてくれたすべてのものに、ありがとう。
仕事かと思ってGeisai Taiwan に駆けつけてみた。結局仕事はしなくてよくなったのだけど、行ってよかったと思う。面白い光景を見ることが出来たというか、ここ台湾での村上/奈良さん人気の温度を感じることが出来たし、思っていたよりは作品も多種多様で楽しかった。こっちのアート雑誌の編集の子は、村上/奈良に媚びてる作品ばっかりでつまんなかった!と酷評していたけど。私はというと、なんというかもっといい意味での誤解があって、もっとたくさんゲンダイビジュツ系の子が参加しているかなと思ったら、そうでもなかった。(でも既にビッグなコマーシャルギャラリーのグループ展に出たこともある写真の子が出していて、賞にひっかかりもしてなかったりして、なんというか日台のセンスのズレなのかな、何なんだろう、としばし考えたりした)(ちなみに私は彼女の写真はそんなにすごいかなあと思ったりしていて、やっぱ日本人なんだろうか、私の感覚は?っていうかまあ、今回の受賞者のラインナップを見ていても必ずしも同感しないから、そんな乱暴な括りは出来ないのでありますが)
ブースのひとつで日本人の友達A子が作品を発表していたので、はるとだべらせてもらう。でっかいパッチワークの
男根クッション。草間さんへのオマージュっていうのもあったりするのかなと思うけど、見に来ていた人々が次々に股に挟んで、大喜びで記念撮影していたのが面白かった。(後で写真で見た)たぶんこれが一番したかったんだろうなあ〜、笑。
この日ももちろんだっこで同伴のはるが愚図るので、駐車場に戻って暗い車の中で授乳していたら、ちょうど閉会式をやっているのが車から見えた。奈良さんがステージの上で「初めて台湾に展覧会で呼んでくれたキュレーターに、さっき会場でばったり会った」と喜んでいた。そのキュレーター、ビクトリアは、久々に台湾へ戻って来てまたMOCAでアニメ展を企画している。またすごい人が入るのだろうな。
お産日記まだまだ続きます。
眠らなきゃ、と思いながら、月が空を横ぎっていくのをかなり長い間眺めていた。朝になったら、子宮口開いてくれてるだろうか。リラックスが一番、と分かっていても、やっぱり不安になってくる。ようし、階段の上り下りだ。と決心してベッドを抜け出すも、産婦人科&周産期センターの入り口の自動ドアにはロックが。そして、非常階段には立ち入り禁止の張り紙が。ガーン、無理じゃないかあ。トボトボとベッドへ戻る。
しばらくうとうとしていると、空が白み始めた。看護士さんたちがバタバタと働き始めた音もする。そろそろ自動ドア開いたかも。パジャマにカーディガンを羽織って、こっそり出かけた。階段、階段… と。出来れば入院の病棟の階段が良かったんだけれど、見当たらず、仕方なく外来の人たちも利用する階段へ。何往復したかなあ。たぶん、8階か9階分を、6-7往復しました。途中でお腹が痛くなって来るけど、周期的ではなく。だんだん、こんなことに体力使っていてはダメかも、という不安の方が大きくなってきて、ベッドへ戻って朝ご飯を食べることに。
戻ると、病院の朝ご飯が届いていた。言っちゃ悪いとは思うけれど、ちょっと唖然とする。バナナ。牛乳。給食のやつみたいな食パン。マーガリン(トランスファットゼロなんてもちろん書いてない)。コールスローみたいなサラダ。全部冷たい。これ食べて赤ちゃん産めというのかなあ…。母と妹が差し入れてくれた玄米の朝ごはん食べながら、横目でじーっと穴があくほど見てしまった。見慣れない食べ物ばかり。ゴメンナサイでもこの朝ご飯は私には無理だあ。バナナだけ、家の人にお菓子にでも入れてもらおうとかばんへ潜ませた。
朝一で内診を受ける。結果は、子宮口だいぶ開いてますとのこと!良かったあー。バルーンが自然に落ちなかったので、すっかり失敗したものとばかり思っていた。誘発のスケジュールとして、まず9時半に点滴をつけ、10時頃から薬剤を入れてみましょうということになった。普通よりもかなりゆっくりしたペースで投薬してくれるとのこと。
薬剤を入れる段になっても、家の人たちが(=夫も)まだ来ない。陣痛室のベッドの上で、あぐらをかいて、本を見ながら、呼吸を整える。まだまだいけるなーと思っていたら、あっという間に、定期的にお腹が痛くなり出した。
家族が着いた頃には、7-8分間隔くらいにはなっていたと思う。痛い痛いと苦しんでいたら、妹と母が、心配する気持ちからなんだろうけど、葬式にでも来たみたいなしょんぼりした顔で椅子に座っている。お産のせいで過敏になっていた私は、その顔を見ていると無性に腹が立ってきて、「悪いけど別の部屋に行っててくれる?」と追い出してしまった。夫も、あれほどお産の時は笑えない冗談は言っちゃだめと前もって言ってあったのに(ものの本に、かなり根に持つくらい、女にとってはむかつくことだと書いてあった)しょうもないことを言って私を笑わせようとするのにも参った。でも、さすがは男の力持ちで、陣痛の時の腰のマッサージはかなり力強く、夫がいてくれて助かったなあと何度も思う。
それと、入れ替わり立ち替わり入って来る4−5人の助産師さんのうち、ひとり、ものすごくいいマッサージをする人がいたので、思わずその人の手をがしっと握って「すっごく気持ちいいです。あなたのが一番いい。最後までいてください!」とすがってしまった。この人さえ居たら大丈夫!ってくらいのワザだったなあ。
続く…
ここ数年で、福岡もマクロビ系のカフェやレストランがすんごい増えた。これは、浄水通のNIIHARA のランチの前菜プレート。はるもカボチャスープをいただきました!
実は、予定よりちょっと早く、はるの離乳食をはじめた。ホントは、胃腸に負担をかけないでアレルギーフリーな子に育って欲しくて、10ヶ月くらいまでは母乳オンリーにしようかなって思ってたんだけど、私のマクロビ低カロリー?のおっぱいのせいか、体重の増えが非常に控えめな彼女。元気でご機嫌だからいいか〜と放って来たけれど、7ヶ月半でまだ体重が2倍になっておらず、定期的におっぱいマッサージをしてもらっている、敬愛するIさんに、もう歯も生えたし、そろそろ始めたら〜?と勧められて決心した。
結果はというと、もうびっくりするくらい、よく食べる。かぼちゃが大好き。さつまいもも好き。今日はじゃがいもごはんにしたけど、それもよく食べた。ごはんは今のところ胚芽米をおかゆにしている。玄米だと裏ごししたり大変だからというズボラな母でごめんよ。。。週に何回かは玄米にしたらいいかなとは思っているのだけど。
そうそう、離乳食をはじめたら、途端にウ○チが固体になってびっくりした。夫に見せたら大喜びしてた。めずらし。ふだんは排泄の話が大嫌いなのに。対する私は、排泄の話が大好き。夫のウン○の形状とか、水に浮かぶかとか、しつこく聞いたりして嫌がられている。自分のを自慢するのはさすがに最近はやめたけども。(マクロビ始めた頃はあまりの立派さに嬉しくて毎日のように自慢してかなり嫌がられていた)
ちなみにはるは、EC(排泄コミュニケーション)とか、おむつなし育児とか言われてるものをやっていて、ウ○チはたいていおまるでする。それがすごく気持ち良さそうで、母としても嬉しい。排泄ってほんと大事だと思う。あれ、離乳食の話のはずが。食事中の方、ゴメンナサイ。