April 2007アーカイブ

リニアモーターカーの開通予定は2025年になったらしい。そんなん、ちょうど還暦迎えるころやん。待ってたのに。新幹線から60年かあ。もうその頃は、急ぐ用事もないかもなあ。それに、路線図をみると南アルプスのあたりで、F1のヘアピンカーブのように曲がっている。F1のように急ブレーキをかけて曲がるのだろうか?カーブを曲がるときには、鍛えられたF1ドライバーの首にもすごいGフォースがかかるというのに。老体には南アルプスが難所となるのだろう。

いつもニアミスのトヨシマくんとひさしぶりにゴハンを一緒に食べる。酔いがまわってきた頃に、「8月のタイ」や「束の間美術館ソイサバーイ」にもでてくれたアピチャーポンの作品の良さがしみじみわかると言いだすヒデキトヨシマ。なんで今頃と言いながらも、彼の作品と笑顔を思い出すとじわじわ僕にも効きはじめ、飲んでもいないのにしあわせな気分になる。そんな幸福感から醒める間もなくこんなニュースが。まだこの作品は観ていないけれど、カンヌで賞をとった作品もタイ政府は執拗に毛嫌いしていた。それでもすぐに署名活動につながることにちょっと勇気づけられる。

出会いは弘前でした。ちいさいからだで力強く小屋をつくってしまうコドモたちに感銘をうけたアンクリット。 コドモたちをタイ北部に呼びたいと言いだした。Yoshitomo Nara+graf に倣って Angkrit+kodomo プロジェクト 。本当に来るのだろうかとアンクリットが心配していた矢先、なんと僕らに相談もなく航空券を買いビザもとったというコドモたちからメール。みんなの士気も一気にあがり、出発前に根津でネパールカレーを食べながらミーティング。決めごとはなんでも記録すること。それだけ。そして、コドモたちは片道切符で旅立った。タイ語ができない女の子3人がどうやってコミュニケーションをとって生活するのか、現地の食材でなにをつくってたべるのだろうか、どんな作品ができるのだろうか。そして、今度はどんな出会いで繋がっていくのだろう。アンクリットがつくってくれたblogをみると、いきなり楽しそうでよろしい感じ。ところで、コドモたちは子供たちではなくて、zucica というかっこいい名前があるのです。