January 2007アーカイブ

パリのmyくんの家で合宿をはじめてもう2週間経っていた。ROOMでの滞在を含めるとパリは3週間と長居してしまった。最近なぜかからだがパリではしっくりくる。パリよりしっくりくるのはmyくんとの作業である。myくんは憧れの早寝早起き、僕はリズム障害ながらも時差ボケがいいように逆さに作用し、早寝早起きで体調まで健康そのもの。寝るのがたのしく、朝が待ちきれないという普段の生活では考えられないすばらしい感覚。人生決して悪くない、と思える感覚。ジュースとヨーグルトとパンとチーズとコーヒーの朝食を食べて、シャワーを浴びて、時間もなにも決めていないのにいつもの時間になるとふたりとも机に並んで座り、作業をはじめている。何よりおそろしいのはやる気にあるれていること。昼ご飯も昼過ぎにはちゃんと食べて、たまには運動を兼ねて夕方は買い物に行って、夜ご飯を食べて、また少し作業をして、映画を観て寝る。料理は、ほとんどakちゃんがつくってくれる。何よりすごいのが毎食手作りのデザートがついてくること。食事をしているときからデザートが気になる。でもきっと滞在がひと月とかになってくると僕もリズム障害を取り戻し、パリとのボーダーから数分の距離にあるのにmyくんの生活からは4時間ほど遅れているgentillyのROOMの方がしっくりとくるのかもしれない。それはそれでまた心地よかったりもする。

セルロイド眼鏡の柄が折れた。弱っていたのはわかっていたけれど、終わりは突然やってきた。一代前の眼鏡も似たような最後だった。神戸のひいきにしていた眼鏡店が店じまいをする少し前、全く同じフレームを買いに走った。生まれ変わった2世を受け取るときに、お店のトミタさんに2つのお願いをされた。眼鏡は両手で掛け外しをすること。そして、セルロイドはお湯に弱いので、この眼鏡でお風呂に入らないこと。もう元には戻らないふたつに折れた2世を手に、トミタさんの言葉を今頃思い出す。毎日一緒にお風呂に入ってた。長野にいるときは、週に何度もお湯よりもセルロイドに刺激が強いであろう温泉に浸かっていた、眼鏡のまま。裸眼では0.1もないので視界が悪く、眼鏡なしではひとり取り残されたようでとても不安になりおろおろしてしまう。眼鏡はたくさん持っているけれど、どこかの倉庫で眠っている。近くに眼鏡屋なんてないし、真冬の長野でたまたま手元にあった青い度付きサングラスで生活をしている。でも天気がいいと雪が眩しいし、歯医者が口の中を照らすらライトもコンビニの照明も目を細めるほど強いので、意外とこれも悪くない。さよなら、セルロイド丸めがね2世。

束芋三姉妹の新居、ニューナナメハウスに高谷夫妻と一緒にお呼ばれする。ニューナナメハウスは、旧宅ナナメハウスのように傾いてないのが残念なものの、いい感じの立派な一軒家。一階の仕事部屋は社長室のようでなんかかっこいい。僕らは夏に、軽井沢にある三姉妹の実家にも3日間も押しかけ、とてもいい思いをさせていただいた。束芋家族のすばらしい暮らしぶりにはいつも感心する。なにか同じ志をもつひとたちの共同体のような絆はただの家族ではない。束芋とも、東京、軽井沢、チェンマイ、パリ、京都とここ半年でも会うところが毎回違う。ニューナナメハウスでの鍋には、木村友紀ちゃん、元ナナメのピーちゃん、モリナも加わり、とても新鮮な組み合わせ。でもなにより新鮮なのは、地元京都在住で自転車に乗ってひとりチョコレートを持ってやってきたナベさん。ナベさんは実はイギリス人で日本にやってきて間もないので、日本語もほとんど話せない。ロンドンでは、ベベウ・ジルベルトのCDジャケットも担当するようなとてもいいデザイナー。唯一ナベさんを知る僕ですら、ロンドンで軽く挨拶を交わした程度。時折大笑いするものの、眉間にシワを寄せながら鍋をつつくナベさん。この雰囲気に馴染んでもらうために、勝手にナベさんと呼ぶ。ナベちゃんは、日本の入国管理局は外国人のことをエイリアンと呼ぶんだよ、と僕らをびっくりさせようとしたけど、僕はびっくりしない。イギリスの入国管理局が外国人をエイリアンと呼び、日本人はそのイギリス人の英語をお手本通りに真似ているだけ。二十数年前、僕もロンドンの入国管理局でエイリアンとして登録させられた。でもやっぱりエイリアンという呼び方は、イギリス人にとっても違和感があるとは、あのときの気持ちはただの被害妄想ではなかったんやと今になって思う。京都にこんなにすばらしいひとたちが住んでいることがうれしくて仕方ないと翌日ナベちゃんがメールをくれる。メールの最後にはちゃんと日本語でナベと署名してある。頼むでナベちゃん。