とくに好きでも嫌いでもなかった王貞治。ブレーブスファンにとっては、70年代、日本シリーズでの憎き宿敵だった。でも甲子園や西宮球場にでかける途中、芦屋駅前の竹園旅館まで選手をひやかしに行ったとき、「はい、みんな一列に並んで」と僕らこどもたちにいつでもサインをしてくれたのが王さんだった。この偉人、日本生まれで国民栄誉賞までもらっているのに、いまだに台湾籍でいることがどうも気になっていた。そしてとある記者会見で、父親は中国大陸出身の中国人、との発言でますます気になりだした。ノンフィクション大賞をとったという王貞治と父・仕福に関する本をamazonで探して注文。読んでみると、王さんは台湾とはなんのゆかりもなかった。巨人のアメリカキャンプに参加するために、当時日本とアメリカと国交のあった台湾のパスポートを便宜上入手したらしい。日本人の奥さんも台湾に帰化したので、日本生まれの3人の娘も全員台湾籍。娘3人はいずれ日本人と結婚して日本人になるだろうから、国籍の問題は自分の代で終わる問題として、自分の国籍は宿命として受け入れているらしい。中華人民共和国、中華民国、日本の狭間で政治的に利用されてきたにもかかわらず圧力をうまくかわし、それぞれの国のひとたちの誇りであることはまさに偉人であるように思う。これだけ立派だと思わせながらも、いまだに好きにも嫌いにもさせないところがまたすごい。
そしてこのあいだ母親が久しぶりに芦屋に行ったとき、なぜかホテル竹園に迷い込んでしまい、中日のジャージを着た選手とエレベーターで一緒になったらしい。「あんた中日の誰?」と聞いたら、「テレビで探してください」と言われたと言っていた。中日のエース、川上憲伸だった。プロ野球選手のみなさん、二代に渡りいろいろすみません。

