しとしと雨が降っている。なぜか気持ちも落ちつくし、雨は嫌いじゃない。でも秋も深まりどんどん暗くなってこんな天気が続くとやっぱり気が滅入るにちがいない。雨の中でかけるのは嫌いやけど、西ベルリンのメインストリート、クーダムの外れにあるメッテの家のパーティーにでかける。メッテのオスロの家も一人暮らしには十分なサイズでよかったけど、ベルリンのアパートは二人暮らしで5倍くらい広い。長い廊下はまるで美術館のよう。部屋もたくさんあって迷子になるほど。こんなに広くて、角の家なので景色も良くて、家賃は月15万円ほど。物価の高い北欧の作家たちがベルリンに移住してくる理由がわかる。北九州に一年間いたこともあるマイもノルウェーからベルリンにやってきたアーティスト移民。タカ・イシイギャラリーでも展覧会をしたことがあるらしい。彼女の話にとても興味を持ったので、マイの作品のことを執拗にきいていると彼女の展覧会の批評の載った新聞を見せてくれる。な、なんと僕がオスロで最初に行ったギャラリーで最初に気になった作品やん。マイにもバンコクに来てもらおう。動物を人間のように撮る作家クリスティーナとりっちゃんと一緒に東南アジアのグループ展のオープニングに向かう。アピチャッポンの新しい映像の作品が素晴らしい。クッションに寝転んで2回観る。リクリットのパッタイを作るパーフォーマンスはダイナミックでおいしいものの、若干味が淡白。ナンプラーを材料置き場で見つけ、こっそりかけているとポンタウィーサックに見つかり笑われる。今夜の締めはFUTONのライブ。偶然とはいえ、メンバーたちがびっくりするほど僕はFUTONのライブを観ている。
November 2005アーカイブ
オスロで会ったメッテのギャラリストから招待券をもらっていたので、りっちゃんを誘ってアートフォーラムにでかけてみる。ベルリンらしい巨大なメッセ会場。特にあてもなくギャラリーブースをぼ〜っと覗いていると、背後で誰かが僕のことを茶化しているのが聞こえてくる。振り向くと、マーク・サンダースが笑っている。よく一緒に旅行をするマークとこうやって偶然会うのは珍しい。何しに来たかは忘れたけど、ベルリンにはマリッツォ・カタランと来ているらしい。いつものように数分間のあいだに情報をたくさんくれる。いつものようにほとんどの情報は僕の頭を素通りする。正直、ベルリン情報よりもいつものようにパワフルにそしてポジティブに接してくれることがありがたい。ブースを移るとより元気なアンエリザベスがいる。オスロのひとたちにとってベルリンは、大阪の人間にとっての東京のような距離感なんだろう、いろんな意味で。歩きすぎて疲れたのでカフェに座ろうと席をさがすも、どこもいっぱい。会場内に場所を見つけて座っていると、タイ語が聞こえてくる。タイ人の集団が通り過ぎて行く。その中に会う約束をしていたポンタウィーサックを見つける。横浜トリエンナーレを離れられないウィットがいないかわりに、なんとアピチャポンやプラープダーまでいる。タイ人の友人たちは待ち合わせをすることもなく、場所がどこであれ映画のシナリオのようにごくふつうに現れる。会うはずだったメッテとアートフォーラムに来るとメールがきたマイケル・ナイマンのヨーロッパ人二人は見かけなかった。
すっかりお気に入りの飛行機BLUE1に乗ることが気持ちを前向きにしてくれる。ベルリンまでの安定したフライトでBLUE1を惚れなおす。気のいいイラン人移民のタクシーでテーゲル空港から東ベルリンのミッテ地区にあるりっちゃんの家までなんと17ユーロ。2千円ちょっとで、20分ほど。ベルリンはヨーロッパの中心にありながら、どこからも遠い感じがする。でも空港が街から近いのはとてもうれしい。懐かしのTVタワーのあるアレキサンダー・プラッツまで散歩したあと、夜はりっちゃんオススメのタイ料理を食べに行く。東ベルリンでベトナム人が経営しているので、英語もタイ語も通じない。
眩い朝の光がきれいにテーブルまで差し込む、おばはんたちの集うカフェで最後の朝食。もう長いことここで生活している気分になっているので、いつまたここでの生活ができるかと思うと急に切なくなる。その生活の一部でもあったアアムとヨハンも朝早いのにおばはんたちの集うカフェに来てくれる。テレビの番組の最後のシーンのよう。でももうおっさんやから泣かない。アアムはとてもおもしろい服をいっぱい作っているので、2月のバンコクの展覧会にも来てもらう約束をしてヘルシンキを去る。
北欧でたらい回しに面倒みてもらったら?とノルウェーのOCAから紹介されたフィンランドの現代美術と文化を支援するFRAMEのデレクター、マルケッタに会いに行く。挨拶のあと、ヘルシンキにはねえ、anteeksiというフィンランド人と日本人と韓国人のおもしろいクリエーターコミュニティーがあるのよ、とメンバーの似顔絵マップを見せてくれる。僕はこのフィンランド人とこの日本人のオフィスに泊まり、このフィンランド人とこの韓国人と昨晩夜ご飯を食べましたと教えてあげる。この偶然がよかったのか、フィンランドのプロジェクトであれば、半年間ほど本当に面倒みてくれるとのこと。北欧はとても寛大。そしてマルケッタは近くに住んでいるというアーティストのトミーを紹介してくれる。ピンときた。このトミー、もしかしてサッコレーベルのトミー。パンソニックのミカやジミー・テナーの面倒を見ているトミー。電話では何度か話したことがあるけれど、会ったことはない。それに彼がアーティストとは知らなかった。しかもかなりいい作品。しかし、いいことばかりは続かない。レンタル自転車を返却する前に、行ってみたかったサウナに行ってみると、きょうは女性だけの日。歩いてオフィスに帰ると、iBookの調子が悪い。サウナに入れず、脚を失い、コンピューターが使えない。しあわせだった生活が突然音を立てて崩れていく。
今回のお土産の中で一番好評なのがヨドバシカメラの「ボ撮ルンです。」350mlから2リットルのペットボトルに装着するとそのままデジカメの三脚に早変わりする優れもの。前後左右に30度まで角度を変えることができるので十分三脚として機能する。上下の動きはボトルの大きさを変えるしかないけど。便利さよりも、この小ささと役立たずっぽいルックスがよい。何かの間違いでポケットに入っていたペットボトルのキャップのような。オスロのメッテもヘルシンキのトウオマスもそのギャップに大よろこび。
今日のブランチはエロマンガよりアップマーケットなカフェ・エンゲル。でもイングリッシュ・ブレックファーストは残念ながら上品すぎる。肝心な焼きトマトやベークドビーンズもついてこない。日曜日といえどみんなは忙しいので、僕はエンゲルの映画館でも開催中のヘルシンキ映画祭でアイスランドの話題作SCREAMING MASTERPIECEを観る。アイスランドの音楽シーンのドキュメンタリー。ビョークがアイスランド人だということがいまさらながらよくわかる。そしておもしろい。大統領官邸でのパーティーのシーンはとくに笑える。上映後、映画館からすぐの港からでる船で動物園まで行くはずが、映画の余韻にひたりすぎて乗り過ごす。天気もいいし、待つのもくやしいので自転車で海岸を走り船を追いかけ動物園までサイクリング。船に15分負けるも無事に辿り着く。ここの動物園はまるごと島になっていて、とても気持ちがいい。そして、インドの動物園のように観るひとより動物重視で、動物たちは自由に隠れたり寝たりしていてあまり動物を見かけない。やっぱりアイベックスはかっこいい。昼寝もせずに凛々しく立っている。アフガニスタンでは野生のアイベックスを双眼鏡で見たけれど、動物園ならこんなに近くで見ることができる。岩山を駆け上がる姿もすばらしい。帰りもやっぱり自転車で街まで帰る。もうどこまでも行ける気がする。サイクリングで気持ちのいい汗をかいたので、今度は近所のプールに行く。目的はサウナとシャワー。プールには入る気はないので、ロッカールームで裸になってタオルを肩に掛け、サウナのあるプールの方へ歩いていく。アナタ、カイパンハイテナイヨとみんな目で注意してくれる。自分が裸なことはわかっているし、プールにも入らないし、海パンも持ってきてないし、ミナサン、イイノデスと目で返事をしてサウナに向かう。
青空マーケットにあるトウオマスとネネちゃん行きつけの青空カフェで朝食をいただく。カフェの名前はEROMANGAと書いてそのままエロマンガと読む。この爽やかな朝の空気の中でいただくコーヒーにはちょっと違和感を感じる名前であるものの、エロマンガとはこのカフェを経営する仲良し家族のお名前、仕方ない。気分がいいので、マーケットで見たこともない魚を買い込む。魚屋のおばちゃんにチョイスを褒めてもらう。サイクリングがてら現代美術館キアズマに行ってみるとJAM展に参加してくれたスズキ・トモアキくんの作品を発見。すばらしい空間で観ると改めて作品もじっくり観ることができる。トウオマスは建築のコンペで忙しいので、ネネちゃんと再び自転車をとばして古くて大きくて有名なサウナに行く。うわさ通り、ここはすごい。まずびっくりするのが、サウナの入り口付近の歩道にタオルを巻いただけの肌から湯気のあがるひとたちがビール片手にたむろしている。冬でも雪の中、みんな裸でたむろしているらしい。中に入るとまたびっくり。ふつうサウナといえば座席は2段ほどやのに、ここは5段ほどある。劇場のように広いので、サウナのドアを開けてサウナに入るとまるで舞台の上にいるよう。裸のお客さんたちに見られている気分。サウナの一番上まで登りきるとさすがに温度が高い。たまに薪で火をおこしているというストーブに水をかけ、サウナの魂ロウリュが生まれる。それが痛いほど暑い!すると冷たいヴィヒタという白樺の葉でとなりのおっさんが叩いてくれる。でもよくみると、おっさんは自分を激しく叩いており、僕はぶつかっているだけ。どちらにしてもキートス!夜ご飯はマーケットで買った魚を全部料理する。ネネちゃんは無国籍な感じに野菜を煮込んでくれる。トオウマスは旨い!という代わりに魚を食べながらFFFというロゴをデザインしてくれる。FFFとはFumiya's Fish Festivalの略らしい。さすがマルチなクリエーター。でもフィンランドのFも入れてほしかった。フィンランドの魚となんか相性いいみたいやし。それでもキートス!
ヘルシンキ・ライフはつかの間であれど、インフラを少し整える。まずは近くのキオスクでケータイのSIMカードを買い、トヨシマくんにもらったバンコクのケータイに挿入。イギリスのんでもいいねんけど、こっちはあまり調子がよくない。ヨーロッパや東南アジアでつかわれているGSMのケータイは、日本のシステムと違ってSIMカードにすべての情報が入っているので、ケータイを交換とかもできる。もちろんバンコクやイギリスのケータイをそのままローミングして使うこともできるけど、番号が変ることすら気にしなければ、現地でSIMカードを買ったほうが断然安い。そして自転車を借りる。これで洗濯ができればもう生活ができる。伝説のカフェでお昼を食べ、街にでようとするとアンテークシで社会学習をしていた女子中学生のニコラが今日でおしまいなのでみんなでチョコレートのケーキを食べている、という情報がはいる。お別れといっても僕は初対面。中学生といってもヨーロッパの方。すでに大人で、ちょっと緊張。ケーキも食べたし恥ずかしいし、トウオマスとネネちゃんも手伝ったJAPAN POP 展を観にいく。これは1階がマンガ展で2階がオブリヒト・コレクションからの日本の現代美術展という2つの違う展覧会がヘルシンキで1つになったという展覧会。さすがオブリヒトさん、数えてみると奈良さんの作品が11点ほどある。コレクションといってもキュレーターのソイントがオブリヒトさんに頼んで展覧会のために買ってもらった奈良さんの作品もある。夜はトウオマスの今週だけのアシスタントのマサくんを誘って中華料理に行く。僕らはみんな自転車やのにマサくんだけ歩き。途中からスピードをあげる僕らについてくるので、マサくんだけ走り。走っているので彼だけ息をきらしながら会話をつづける。そっ、そのっ、じっ、自転車どこで、どこでかりたんですかあああ~。アシスタントのつらいところ。
ヘルシンキでの宿はホテル・ナウオフィス。建築家でミュージシャンのトウオマスとデザイナーのネネちゃんがそれぞれの仕事のために新しく構えたナウオフィスの中にこのホテルはある。ここはちょうどふたりの家とアンテークシのアトリエのあいだにあって、どちらへも歩いて5分ほどのところにある。長細いナウオフィスには長~いデスクが並び、奥のドアを開けると、そこにはライブラリーとキッチンがある。本棚(ライブラリー)横に立てかけてあるアルミの梯子を登るとそこは空中楽園ホテル・ナウオフィス。裸足で梯子を登ると足裏が刺激され、声がでるほど痛くてきもちいい。いぐさの枕元には角灯と、ちょっと旅館風。天井が低く立ち上がることができないので、部屋では座ることしかできず気分も和風な感じ。無線LANを布団の中からでもひろうことができるのでとても便利。ドアを開いている状態でのここからの眺めは二人の仕事姿。朝起きると二人が出勤してくるのもたのしい。ここにはお風呂はないものの、ナウオフィスからアンテークシの方角に歩いて2分、自転車で20秒のところにスイミングプールがあるので、そこにはシャワーもサウナもある。ナウオフィスからふたりの家に向かって2分のところにちいさなスーパーマーケットがある。今日早速、お昼ごはんのパンを買いにそのスーパーに行くと、そこでバルト海のあまりに美しいニシンに出会ってしまう。夜は外食を中止して、家のキッチンを借りてニシンのフライをいただく。ホクホクおいしくできた。
2週間前に降りたったバス停から空港バスに乗ってオスロを去る。はじめて乗る航空会社BLUE 1はヘルシンキをハブとするSASの子会社で、スターアライアンスのリージョナル・メンバー。ということは、タイ国際航空のカードもつかえる。荷物がすごく多いのでたすかる。すごい安いチケットやのにもうしわけない。安いといえど、格安の航空会社ではない。エンジンもなんかしっかりしてそう。すでにかなりお気に入り。ヘルシンキの空港からトウオマスに電話してみると、タクシーで家具の見本市会場に直行せよという。むっちゃ荷物あんのにい。トウオマスとネネちゃんも参加するアンテークシもなにか見せているらしい。アンテークシのアイデアをテキスタイルのマリメッコとスチールで家具を作るピーロイネンが実現してくれるという夢のようなブランド、ケンタウリがこの家具の見本市でかなり浮いた展示をしている。ネネちゃんはmy first bridgeという商品名の赤が眩しいこどもが座れるくらいの車輪の付いた橋を見せている。こども用とはいっても橋である限り、ちゃんと鉄でできてるところがすばらしい。わざわざ鉄をつかう、この時代を逆行している感じもアナーキーっぽくてかっこいい。初日の夜からパーティーに連れて行ってもらい、最後にたどり着いたのがデザイナー仲間の事務所のパーティー。この事務所はなぜか発電所の敷地内にあり、事務所の奥にはなぜかサウナがある。それも神戸サウナにありそうな、かなり立派なサウナ。シャワーもいくつもある。パーティーということで、洗いたてのバスタオルも山積みされている。大家さんである発電所との契約でサウナの電気代は家賃に含まれているので暖め放題で、僕らの来る10時間ほど前からサウナを暖めてくれていたとのこと。さすが本場のサウナは温まる。ドアで隔てた事務所ではサウナで温まった者たちが代わる代わるDJ をする。なぜかみんな今夜は80’s。それもみんないい顔色をし、上半身裸やったりする。ビール片手にバスタオル巻いて。
自転車でオスロの街を最後のパトロール。ギャラリーを回ってサヨナラとあいさつをしたり、初日に行くはずのデパートに入ってみたり。アパートやスタジオの整理をしたり(掃除はしなくていいとマニュアルにあるので、掃除のひとの仕事がなくならないようにゴミなどちょっと残しておくが大した作業もしてないので汚れてはいない)。結局、広すぎるスタジオは洗濯干し場となっているときが一番スタジオっぽかった。2回連続で洗濯しても全部干せた。自然光の入るとても立派なスタジオ。
アペント・ベーカリーのパンは旨い。アペント・ベーカリーがあるだけで、オスロが好きになる。アペント・ベーカリーがあるから、オスロを去りがたい。ROOMの近くにある「遠い方のパン屋」のバゲットもいつ食べてもとても美味しい。あのバゲットを食べているときは、あれ以上シンプルながら美味しいものがあるなら他はいらないと思うものの、ひとは浮気なものでオスロにいたらこのパンが一番。ただの小麦とライ麦の好みの問題かもしれないけれど、ちょっと酸っぱくて香ばしいライ麦のパンにかなうパンはない。少しでもお腹が空けば、パンを食べている。誘われて鮨を食べていても、パンを食べたい。寝ても覚めてもパン。このパンと物価のおかげで、オスロにきてからサンドウィッチをつくるよろこびを覚えた。ブロットメッサーでパンを切り、冷蔵庫からチーズを選んではさむ。カバンの中にサンドウィッチが入っていると思うだけで、フォ~!かなり小市民。ライ麦は寒さにも強いので、ドイツでもライ麦の比率は北に行くほど多くなり、ライ麦パンはドイツ北部が一番美味しいと信じて生きてきたものの、考えてみればノルウェーはドイツの北部よりもさらに北にある。寒いところは苦手ながらも寒いところの麦と魚は旨い。でもフルーツは南国がいい。マンゴスチン、パッションフルーツ、ドリアン、ポメロ、アルフォンソ・マンゴ、もうええか。北欧にいるとあまりの食文化の違いに驚く。元々、晩御飯はパンとチーズくらいであたたかいものは食べない。これはドイツも一緒。食事は栄養源とかたづけるひともいる。イギリスではまずいと言われようが、食事は少なくとも社会的な意味でとても大切。北欧では食事はむしろ私的なことで、お客さんをむしろコーヒーに招くらしい。もちろんこれは比較での話であって、北欧のひとたちももちろん一緒に食事をしたりはするのだけれど。さて、アペント・ベーカリーで買いあさったパンの詰まったカバンを背負って、僕は自転車ごとボートに乗り民族学博物館とバイキング船博物館に行く。船の来る街というのはなぜか精神衛生上よろしい気がする。バンコク然り、神戸然り、コチン然り、基隆然り、マルセイユ然り、もうええか。あのスムースの走りのせいだろうか。快い浜風のせいか。それにしても、バイキングの末えいたちと生活を共にしていると思うと感慨深い。みんなも僕を侍の末えいだとでも思いながら鮨に誘ってくれるのだろうか。
開いているはずのウィリー・ウォンク・インクギャラリーが閉まっているので、気持ちを取り直して自転車を漕ぎ直してムンク美術館に行く。「叫び」と「マドンナ」を盗まれただけあって飛行場のようなタイトなセキュリティーチェック。中に入ってからも一方通行のガラスの自動ドアを通る構造になっている。予算を削減された地球防衛軍のようとでも形容しようか。なんかちょっと無理やりな防犯。迷い込んだ地下のシネマで観たイギリスのナショナル・ギャラリー制作のムンクのドキュメンタリーに見入ってしまう。ムンクはなかなか評価されなかったとは知っていたものの、最初の大きな個展があまりの不評により一週間で閉幕とはすごい。オスロでの日々もカウントダウンに入り、ガイドブックの最初のぺージに載っているようなところにも行っていないので一気に観光。普段は観光なんてしないけど、今回は観光するためにノルウェー国民の税金でよんでもらっているのでがんばる。そうナショナル・ギャラリーにもまだ行ってなかった。なんと、ここのムンクの部屋には「叫び」と「マドンナ」が並んでいる。思わず美術館のひとに、どうして(盗まれた)この2枚がここにあるのですか?と聞くと、ムンク美術館で盗まれた2枚は違うバージョンです、とのこと。そうですよね。ノルウェーまでよんでもらう値打ちなし。ベルゲンでもここでも日本人の作品は杉本博司さんの海の写真だけ。
もうすっかりお気に入りのフィヨルドえびのサンドウィッチを買い、フィヨルド経由でオスロに戻るために早朝の電車に乗り込む。途中でバスに乗り換え山をいくつか越える。フィヨルドはまだ見えないものの、それらしき風景がひろがり気分は高まる。バスが港に着くと、次はハイライトの船。港からいきなりすごい光景。はりきって船のデッキでフィヨルドを満喫するも、寒すぎる。今年一番の寒さ。持ってきた服を全部着込む。これだけ寒いんやったらいっそのこと真冬に雪のフィヨルドを見たい。最後にこれまた絶景の中を走る電車2本乗り継ぐとオスロに着く。フロリダからきたという肉付きのいい夫婦が車内からの景色にちょっと興奮状態。仕舞いには雪が降り出し、おばちゃんの興奮はこの日最高潮に達する。生まれて初めて雪を見るらしい。まあそういう事情なら許そう。別に聞きたくない話がすべて聞こえてくる。アメリカ人観光客はみなお腹から声がでているせいか声の通りがよい。ベルゲンはまるでディズニー・ワールドのように美しいとのこと。その表現がかなしい。でもベルゲンはフロリダと違って全部本物だという。おおお、もっとかなしい。夜も更けアメリカ人たちも疲れきったころに電車はやっとオスロの中央駅に着く。観光客たちは観光バスに乗ってホテルに向かう。僕は駅にとめてあった自転車でアパートに帰る。この帰ってきてほっとした気分。僕もそろそろオスロ市民。
飛行機で僕はベルゲンに、そしてメッテはベルリンに向かう。ベルゲンにアプローチする飛行機から見下ろす風景はまるでファンタジー映画のオープニングシーンのよう。思わず息を呑む。1泊だけの旅行なのに、みんながいろんな約束を取りつけてくれているので今日はかなり忙しい。ギャラリーと美術館に美術大学を回りながらも気になるのは魚市場。でも実際に行ってみると何の根拠もなくイメージしていた「魚介類の楽園」な感じではなく、お祭りの屋台が数軒並んでいるようでベルゲン市民の台所という感じでもない。種類もそれほど多くない。観光客狙いか日本人の若い女性が仕切る店もいくつかある。そんな店をちょっと遠目にふ~んという感じでひやかす。すると、フィヨルドのえび食べてみませんか?と声を掛けられ、えびの殻を器用にむいて試食させてくれる。うまい!おいしいですう~。また明日きますう~。日本人観光客捕獲。サーモンやえびのサンドウィッチを買い込んでケーブルカーでベルゲンを見下ろせる山頂まで登る。海の向こうはイギリス。ちょっとホームシック。
オスロから車で約2時間南下するモスまでの小旅行。ゲアトーレが企画したサーミ族(ラップ人と呼ばれていた)の展覧会にラップランドのテレビ局サーミ・ラジオのクルーを案内するというので僕も連れて行ってもらう。そうゲアトーレはただのシェフではない。すばらしいアーティストでありキュレーター。山や谷をも越えるサーミの歌声ヨイクは聴いたことはあったけど、サーミの文化はほとんど知らない。サーミの住むラップランドはノルウェー、スウェーデンとロシアの一部、そしてフィンランドにまたがる北極圏にある。話をしているとゲアトーレもTVクルーも僕以外全員サーミ族。あたりまえといえばあたりまえ。彼らによるとサーミ族は5万人ほどで、サーミ語を話せるのは2万8千人ほどらしい。民族はサーミであっても、住む場所によって国籍はノルウェーであったり、スウェーデンであったり、フィンランドであったりロシアだったり。クルド人やパレスチナ人のように国は持っていないけど、それぞれの国がサーミ文化を認め尊重している。現にサーミ語のサーミ・ラジオもノルウェー国営放送のNRKの一部。サーミ族に生まれても、同行したTVデレクターの実妹のようにサーミ人ではなくノルウェー人と考えるひともいるらしい。展覧会は民俗学の視点をベースにサーミの現代美術作家の作品やドキュメンタリーに北極圏未来派的な映像などかなりインパクトがあって面白い。でも一番楽しめるのはサーミ・ラジオのTVニュースと天気予報。エキゾティックだったサーミ人(女子アナ含む)をすごく身近に感じる。クルーたちが展覧会を観にきたノルウェーの中学生を取材しているあいだに僕は森を抜け海岸まで散歩する。静かなビーチから少し森に入ったところでプラチナブロンドで真っ白な肌をしたちいさな子供たちが上半身裸でピクニックをしている。眩しく光る海も木々の隙間をぬって差し込む光も真っ白なこどもたちもイメージ通りのきわめて北欧な風景。夜はオスロに戻り、クンスターナネスフスの館長アン・エリザベスが館内のレストランでご馳走してくれる。このひとかなり面白い。つねに笑顔でありながら、言葉はつねにポジティブながらも辛口。偉い立場にあるひとがアン・エリザベスのように余裕があるというのは大事なこと。レストランも館内にある限り彼女に責任があると、シェフとも仲良くいつも料理やワインについてアイデアを交わしている。一応アートの話もしなくてはとノルウェーにはアーティストが何人いるのか冗談で聞いてみると、その数を即答してメッテにも確認している。どうもノルウェーのアーティストたちは登録制で国から月給をもらっているらしい。
扁桃腺の痛みはないけど、喉の左側のリンパ腺がまだ腫れていて違和感がある。やっぱり病院に行くべきか。というよりノルウェーで病院に行ってみたい。でもガイドブックを読むと、まずツーリストは医療費がとてつもなく高い。それにノルウェー人は風邪やインフルエンザでは医者に行かないし、たとえ熱があってもヨーロッパ人は日本人より平均体温がかなり高いのであまり相手にされないと書いてある。たしかに。僕も普段は薬も飲まないし、医者にも行かない。クレジットカードの保険で医療費はカバーされているし、イギリス政府と相互免除しているはずなのでお金はかからないと思うけど、やっぱり保険会社にもイギリス政府にもノルウェーの医者にも申し訳ないので、もうちょっと様子をみることに。メッテのともだちで、アンクリットやカミンとの共通のともだちでもあるゲアトーレとソウサがオスロに帰ってきたらしいので夕食に誘う。なにやらどこかで魚をたくさん釣ってきたらしく、メッテのキッチンで魚をさばいて料理をしてくれることに。結局、フルーツのパンケーキで終わる立派なフルコースの料理になる。夏にカミンやリクリットがノルウェーの北部の海岸に建てたタイの家の写真を見せてくれる。grafもこことチェンマイに家を建てないかとカミンは誘っている。
雨が降っているけど、自転車でアーティストのスタジオとギャラリーを回る。いろんな地域にちらばっているので街のいろいろな側面を見ることができる。気温が下がり風が強いので、温かいというか刺激物を食べたい。COCOという東南アジア風レストランでタイ料理を食べる。バンコクの物価が日本と比べてかなり安いとすると、オスロの物価は日本と比べてかなり高い。すなわちオスロで食べるタイ料理はバンコクで食べるタイ料理と比べてものごっつい高い。お金のことはレストランに入るときに覚悟を決め、好きな物を頼む。おいしいときは、素直においしいと思う。おいしくないときは、高っかあああと思う。
なかなかノルウェー料理を食べる機会がない。オスロに来てからよく食べるのはホットドックと自家製サンドウィッチとすし。小学生の頃でもあまり食べなかったホットドック。アイスランドで食べて以来。北欧のホットドックは玉葱のフライのようなものを入れてくれるのでとてもおいしい。でもこのままではノルウェー料理を食べずに滞在が終わってしまう。お昼にガイドブックで調べてオススメのお手ごろなカフェテリアで「今日のランチセット」をひとりでこっそり食べる。コーヒーとちいさなプリンがついて3000円弱。安いらしい。メインディッシュはご飯の上にマッシュルームのクリームシチューのようなものが掛かっている、と思った。食べると歯ごたえが違う。聞いてみるとトナカイのクリーム煮。なるほど。ノルウェー料理を食べにきた甲斐あり。夜はメッテに呼ばれ、きのうのあまりの魚を料理する。和風にならないように。
これでもかととことん面倒を見てくれるメッテが今日は市庁舎のスタジオにオスロの美術関係者を招いて僕の歓迎パーティーをしてくれる。このスペースだと何人集まってもまださみしい感じがする。スタジオに合わせて巨大なスモークサーモン2匹、スモークしたサバ4匹、巨大なチーズのかたまり各種、パンがテーブルにいっぱい。ワイン2ダース。そして、ワインと交換したというバケツに入ったブルーベリー10リットル。何もかもスケールが大きい。気づかなかったけど、このスタジオlに飾られる写真の作品もじつはかなり大きい。昼前から夜までダラダラ話し、ダラダラ食べつづける。怠惰な週末をみんなで一緒に過ごしたという雰囲気。半日前には初対面だったとは思えぬ緊張感のないこの親しげな感じ。
今日も雲一つない青い空。昨晩ちらっと顔をだしたクンスターナネスフスでの公募展のオープニング。今朝はもっとフォーマルなオープニングがあるらしく、ダムタイプ公演も観にきたという皇太子妃も現われるというので行ってみる。ひとが多くて皇太子妃は見つからない。それにしてもオスロのオープニングには子供連れのおかあさんがたくさんやってくるので、今日もギャラリーの前にはものすごい数のベビーカーが駐車されている。自転車の数をはるかにしのぐ。ちょっとアジアっぽい。子供の頃に日本に住んでいたというスウェーデン人のアニータのギャラリーでもオープニングがあるというので、自転車で行ってみる。話をきいてみるとアニータは神戸の高校の先輩だった。夜は街で一番という寿司屋でメッテがごちそうしてくれる。フルーツナイフのような小さなナイフを巧みに操る若いスウェーデン人スシシェフの握るスシはかなりクリエーティブ。素材がよいだけに、寿司と言われずに食べるとかなりおいしいと思う。寿司と言われると少し複雑な気持ちになる。僕はスウェーデン人なんでこんなの食べないけどね、と断りながらもノルウェー人と日本人の僕らに鯨のニギリをサービスしてくれる。鯨肉のイメージを覆す、とても柔らかい歯ごたえ。でも肉密度(?)が高いせいか僕は自分より大きな動物は消化がつらいので一切れで勘弁してもらう。
3日目にして晴天。でも気温はぐっと下がり、日本の冬の晴れた日のよう。アパートから自転車でスタジオまで行く道のりが心地よい。久々にルーティーンのある生活。ただそれだけで健康的な気がする。午後はメッテ自慢のスタジオにお邪魔する。彼女のスタジオはなんと街のシンボルであるオスロ市庁舎の最上階にある。正面玄関の受付で登録をし、エレベーターと階段でスタジオまであがる。そこに広がる巨大なスペース。天井が高すぎてクラクラする。ムンクをはじめこの市庁舎にはたくさんの美術作品がある。それらを作ったアーティストやアーティザンたちの作業場がこのスタジオだったらしい。オスロ市はこのスペースを2年間づつアーティストたちに貸している。アーティストたちが本当に大事にされている。ここの1階にあるホールでは毎年12月10日にノーベル平和賞の授賞式が行われる。ダライ・ラマ法王もこのメッテのスタジオの下で受賞したのだった。ポートレートを撮らせて欲しいと頼まれ、スタジオでモデルをする。メッテのモデルをするのは上賀茂神社に続き2回目。シャツの裾がクルリンとなっていてカッコわるいのが気になって表情が冴えない。違うシャツを着てこればよかった。夜はスーパーで大きな鯰を買って、これまた自慢のメッテのアパートで葱と生姜と一緒に蒸してみる。ほとんど僕が料理したからか、生姜を入れたからか、どうも味が和風。
トロンハイムからメッテがオスロに帰ってきたので夕方にクンスターネスフスで待ち合わせる。メッテはオスロ市民らしく自転車に乗ってやってきた。僕はオスロにやってきたばかりなので自転車はない。そこで、なんでも解決してくれるステンに電話をしてみると、3分も待たずに自転車のカギを持って現われる。500クローネの保証金でOCAの自転車が借りられるとのこと。猛スピードで坂を下るメッテを追いかけオスロの街を駆け抜ける。土地勘がないので見失うと迷子になる。自転車の迷子はちょっとカッコわるいのでがんばってこぐ。OCAの新しいデレクターのマーサたちとタパスを軽く食べて、今度はフォトギャラリーのオープニングに行くらしい。僕はすっかり今晩はキムとインド料理を食べるのかと思っていた。予定はドンドン変更しているらしい。話に聞いて期待していた平壌のビデオの作品はもうひとつながらも、別の不思議なビデオの作品がとても気になる。UFOがたくさん東京にやってきてOLたちを次々とビームアップしていくという映画をこどもの頃に観たときの恐怖心を思い出す。
スカンジナビアでいままで唯一縁のなかったノルウェー。この年になって、それもこんな恵まれたかたちで訪れることに。オスロの空港からバスに乗り、市内のバス停でアシスタントでアーティストのステンが出迎えてくれる。用意されたスタジオは宮殿とその公園のすぐ横にあるとても立派なクンスターネスフス(アーティスト・ハウス)の奥。ケータイ電話とアパートと大きなスタジオと生活費とオスロまでの交通費とタオルとシーツを与えられる。当初は4週間の招待だったけど、プロジェクトもないし作品をつくるわけでもないので2週間にしてもらったのだった。そうそうキミの国の旗を揚げておいたよ。あれでよかったのかな、と笑顔ながらも真面目そうなステン。ビル正面の横にあるポールには日の丸があがっている。びっくり。隣は日本大使館なんだよね、と表情を変えないステン。僕が一瞬本気でびっくりしたのばれたかなあ。大きすぎるスタジオにはDVDプレーヤーも大きなテレビもステレオも仮眠用のベッドもLANケーブルも机も2つある。隣はキッチンとダイニング。高い天井からは自然光が入ってくる。もてあますなあこんなスタジオ。日が暮れる前に、歩いて20分ほどのところに歩いて帰る。首都といえども海と自然が街から近くて歩いていても気持ちいい。同居することになるメキシコ人アーティストのローラはロシアとフィンランドの国境に行っているらしくてアパートにはいない。ひとの家に勝手に住んでいる感じで変な気分。とりあえず、自分の寝室を整えて寝る。
grafと台北での展覧会に参加してくれたノルウェー人作家メッテ・トロンフォールの推薦で、Office for Contemporary Artにオスロに招待してもらう。そのあとフィンランドのヘルシンキとドイツを周り、成田でスーツケースを換えて、東南アジアに向かう旅。夏は北欧、冬は東南アジアという理想の人生後半を送るための下見のようなもの。
バンコク・ドンムアン空港ターミナル1とターミナル2のあいだにある2階に行けるラウンジは天井も高くとても気持ちいい。そのうえ、20分間無料でマッサージをしてくれる。しんどい時はとくにありがたい。コペンハーゲン行きのフライトにはファーストクラスはないけど、B747を飛ばしているのでビジネスでも前方の座席はファーストクラスのシート。機内食はファーストクラスではないけれど、チーズと野菜とフルーツ以外ご飯も食べないしこれ以上望むものなし。コペンハーゲンでのオスロ便への乗り継ぎでは超過料金を取られるだろうと覚悟していたかなり重い荷物もタイ国際航空のカウンターのお姉さんがnorwegian.noという提携もしていない格安航空会社なのにオスロまでスルーにしてくれる。みなさんのおかげでからだはしんどいのにとても快適なフライト。
体調が心配なので、まだあまっているはずのアップグレード券で格安のエコノミー航空券を往復ビジネスのチケットに換えてもらう。そして北欧に向けて、南下する。北欧に行く時もまずはマイ・ハブ空港であるバンコク・ドンムアン空港に行ってから北上するのが基本。展覧会のミーティングのために1泊するものの、ミーティングはすべて電話ですませバンコクではひたすら寝る。屋台にもマッサージにも行かずにひたすら眠る。でもスティーの展覧会だけはどうしても観たかったので、空港に行く前にエイに無理を言ってギャラリーを開けてもらう。タイの家が重なったタイ・スカイスクレーパーという作品がかなり面白い。エイも今晩、僕の30分前のフライトでフランクフルトに行くらしい。でもそこからが違う。世界一周券でアメリカ西海岸、ハワイ、東京と回るらしい。南麻布にも家を持つお金持ちである。お金持ちのキッチンでメイドが屋台で買ってきた汁麺をいただく。このギャップがバンコク。
北欧への出発前日、大阪のホテルで熱がでる。久し振りに39度を超える高い熱。だるくて起きることはできないけれど、ちょっと気持ちいい。なんか全身で出発に抵抗しているよう。こんな脱力した状態で飛行機に乗れるのだろうか。思考もつづかない。焦点の合わないまま曇り空を見つめ微笑むだけ。家族や親戚一同お世話になっている王先生の診療所が隣の駅にあるので出発の朝に診てもらう。は~い、左の扁桃腺が腫れているのでいま抗生物質が必要かどうか見極めてます。いりませんね~。麻黄湯という漢方薬でさらに体を温めるか解熱剤ボレタレンで熱を下げて治すかどちらでもいいですよ。一般的には麻黄湯の方が治りが早いですねえ、とデータの比較表を見せてくれる。両方処方するので使い分けてくださいね、と王先生。受診時間はほんの数分。でもちゃんと診てもらって大丈夫という気にさせられる。この時点で気持ちはもう北欧。みんなこうやって気持ちと自身の治癒力を上げてこの診療所から帰っていくのだろう。さすがオリコン近畿版で1位に選ばれた人気クリニック。以前、虫垂炎になったとき盲腸を切らなかったときも先生はその判断を褒めてくれた。胃カメラも2分半でやってくれる。観察力と集中力がすごい気がする。
ヨーロッパ行きのフライトがなかなか取れないので大阪で足止め。でもおかげで今年は行けないと思っていたNAMURAに行ける。去年から30年間続くイベント。みんな生きてるんか。今年の楽しみは去年参加できなかった大阪湾クルージング。ボートの先頭に座ると、思ったよりスピードがあり、思ったより風が強く、思ったより怖い。こんなところによく座らせてくれたものや。今年目玉の磯崎新さんと浅田さんと柄谷さんたちのトークショーに後髪引かれる思いで会場をあとに、YUKIちゃんが誘ってくれたUAのでる野外イベントに向かう。関空に近いので海や飛行機が見えて気持ちいい。風が強くステージの上でミュージシャンたちの服や髪の毛がなびく感じが演出のようでかっこいい。UAのうたはもちろん、ユミコさんのアレンジがなんともすばらしい。UA指定のサービスはさておき、かなり旨いという沖縄料理店でYUKIちゃんとモリナと3人で本当においしい沖縄料理店で食べながら待てどUAはやってこないので、こちらからUAのいる打ち上げ会場に向かう。お~みんないるやん。今度はUAがお好み焼きがかなり旨いので食えというので食う。ほんまに旨いお好み焼きを食いながらやっと話しだしたら2時すぎに追い出される。お茶でも飲みに行けへん?というのでこんな時間にどこで?と思っているとこんな時間に開いている喫茶店を追い出された店の前に発見。みんなで夜明けのミルクティー。一緒に来はったメンバーのみなさんはお茶漬けとビールという渋いチョイス。朝が来る前にみんなでわいわい言いながらキタを歩いてホテルに帰る。大阪に住んでいない大阪出身のみんなでまるでいつもの週末のように。
久司くんが三宮まで車で送ってくれる。トリトンでVちゃんの展覧会を観てから、タムくんが和食をおごってくれる。僕が紹介する仕事の報酬はいつも安いので、報酬はそのままタムくんに手渡す。タムくんがお金持ちになってからもらうことにしている。するとタムくんはとりあえずご飯をおごってくれる。みんなにおごるので結局報酬をほとんど使うことになる。若干パーセンテージを頂く方がよいのでしょうか。
久し振りに父親の実家、箱鮨の澤藤を訪れる。長野駅前発の昼間のバスにとりあえず梅田まで行ってもらう。夜行バスと違って昼間のバスは景色が見えて楽しい。寝ないといけないというプレッシャーもなく眠気が自然と訪れ心地よい。そして何より運転手が仮眠をとらないので2時間ほど早い。新幹線と違って大阪まで乗り換えなくていいのもまた便利。長野駅と阪急梅田がつながっている感じがこれまたうれし。梅田で福知山線に乗り換え、篠山口に着いたのは21時をまわった頃。弟と同い年でいとこの久司くんが駅まで迎えに来てくれている。東京からたまたま篠山に戻っているらしい。鯖はまだ早いかなと思ったものの、澤藤奥の台所のテーブルの上にはピカピカ青く光る鯖鮨が一人前。うまい!そしてお風呂を勧められる。田舎のお風呂なのでお湯の温度設定は家の外にある。ついこの間まで某航空会社でフライトエンジニアをしていた久司くんが外にまわり、はい温度上げます!と僕の風呂の温度を担当してくれる。なんか温まった気がする。

