October 2005アーカイブ

朝起きたときから耳鳴りがして、ドキドキと動悸がする。やっぱり睡眠の質がよくないと思う。朝刊に目を通して、原因であろうもののひとつに気がついた。阪神が首位にいる日々というのはとても不安な日々で、無意識に呼吸も浅くなっている。今年の投手陣は抑えが充実したものの、先発や打線が不安定なので心配で仕方がなく、そんな阪神を意識した生活は精神衛生を考えると決してよい生活環境とはいえない。とはいったものの、チームは二年前の優勝のときよりもまとまっている気もする。子供の頃は一応、阪神タイガース子供の会会員として甲子園に通いホームランボールを追いかけ、選手のサインを集め、写真を撮ったりしていたものの、心底自分が阪神ファンと思えたことはじつは一度もない。今はなき阪急ブレーブスのことがやっぱり一番好きだからかもしれない。カクテル光線のあたる西宮球場のグラウンド。セカンドにマルカーノ(一人でトリプルプレーをした住友がいたひと世代前も捨てがたいが)がいて、センターに福本がいるだけで世界はしあわせに満ちていた。いまの阪神の布陣にもそんなオーラがでてきた。阪神ファンではないけど、日本シリーズが終わるまではどうも落ち着かない。

カヒミ・カリィさんのCD『Montage』を聴く。音もかなりこっていて、声の質も曲によって変わるのでとても面白い。最後の曲は声にあまりに大胆なエフェクトがかかっているので、すごいなあ...けどいいのかなあ...と思っているとヘッドフォンの接触が悪かった。よかった。

電気自転車で隣の小諸にあるTSUTAYAまで成瀬映画の代わりに借りたDVD『お茶漬の味』を返しに行く。電気のせいか自転車が意外と早い。時間があるので、佐久平の駅の駐輪場に自転車を残し、新幹線に乗って軽井沢まで行く。新幹線はもっと早いのでなんと9分。軽井沢はさすが涼しい。寒いくらい。9分しか離れていないのにこの温度差。ショックなことに無印良品のアウトレットが店じまいしている。タムくんとお揃いの500円のブラックジーンズはもう買えない。

右耳が変なので自転車に乗って耳鼻科に行ってみる。水が溜まったように頭を叩くと変に反響する。内耳はきれいとのこと。聴覚検査をしてみると右耳では低音が全然聞こえてない。若いひとによくあるストレスや疲れからの突発性難聴の症状ですね、とのこと。そんなに若くはないと言うと、50才以上ではない症状、と先生が励ましてくれはる。そうか49才までは若いひとか、少なくとも耳鼻科では。十分に睡眠をとれとのこと。あまり責任のない人生なのに僕はなぜにそんなに疲れているのだろう。ビタミン剤をもらって自転車に乗って帰る。

ビジネス書が並ぶ父親の本棚に林芙美子の『浮雲』を2冊見つける。装丁が違うので版が違うのだろう。NHK-BSでは成瀬巳喜男の『浮雲』の番宣をやっている。成瀬映画をなんと23本一挙に放映するらしい。でも9月には日本にいない。ロンドンのナショナル・フィルム・シアターで数本観たことあるけど、まとめて観たことはないので、成瀬が急に気になる。隣街のTSUTAYAには黒沢や小津はあっても成瀬はない。アマゾンでボックスセットを見つけ、ボックス1を買ってしまう。それにしても何故に父親の本棚に『浮雲』が2冊も。

インド行きの仕事をやめにして、少し長野でゆっくり過ごすことにする。桃や枝豆やら、近所の人たちが家で穫れた野菜や果物を持ってきてくれる。枝豆も本当に豆の味がしておいしくて、食べだしたらとまらない。農業には憧れるけれど、きっと収穫まで意識がもたない。どちらかというと、海に魚を釣りに行くタイプでしょうか。でも船酔いしそう。やっぱり、スーパーでお金をだして買うタイプでしょうか。それとも、地域通貨をはじめようか。

栃木と福島の県境あたりの山の中で撮影ということで、時間の都合のつく人は現場に前乗りすることに。するとほとんどやって来た。関西人にとってこの辺りはあまりに馴染みがなく、ここに居てもいいのだろうかと被害妄想をもつほどエキゾチックですばらしい異郷。近くにコンビ二どころかお店もなく、ケータイも入らない。ここには池を囲んで大きなコテージがいくつかあり、今晩は男女二棟に分かれてそれぞれのコテージで泊まることに。夜ご飯はというと、食材は届いているもののケータリングの方は明日にならないと来ないので、自分たちで火をおこし何やら焼いてみる。BBQもどきと焼きそばもどき。モデルのみなさんも文句も言わずに一緒に楽しく作ってくれる。特筆すべきは、パリから来日中の某大女優の孫というロマン。拾ってきた木を巧みに組み、焼きそばの火を終始担当してくれる。かなり頼りになる。火に勢いがでてくれば、みんなの気分もあがってくる。星空の下での焼きそばもどきを食べ終えても、飲めや歌えの宴は終わらない。火に目覚めた僕たちは、女子のコテージにあるサウナにも火をつけてみる。電気ではなく薪のサウナとは本格的。1時間以上奮闘し、サウナの温度が60度を超えた時点で我慢できない僕らは服を脱ぎだし、いきなり夢心地。そして汗自慢。窓から羨ましそうに覗いていたモデル女子たちも我慢できなくなったのか、バスタオルを巻いて押し寄せ、僕らのサウナは占拠される。その後は、スタッフもクライアントもモデルもみんな替わる替わるサウナに入ってみたり、山の夜の冷たい空気を浴びてみたり。サウナの中のみんなの笑顔を外から覗いているだけでも微笑ましく、とても愉快。仕事とは思えないほど和やかな雰囲気のまま夜は深まる。出張で混浴なんてありえないですよねえ、と緊張していたに違いない新人女子社員も笑顔でコテージに帰る。

DNA

ドイツからはじめてひとりで神戸に一ヶ月滞在しているダニエル・ゴウと梅田で待ち合わせる。会うのは多分5年振りくらい。ドイツ生まれのドイツ育ちなので日本語はできない。幼年鉄道ファンだったせいか鉄道用語だけは日本語も少しわかる。鉄橋とか、連結とか。子供の頃から遊んでもらってた従兄弟の長男で、ロンドンからデュッセルドルフの家にちょくちょく遊びに行き、その頃はオンケル(おじさん)と呼ばれていたので、ちょっと特別な存在。会う前日に電話をして、僕のたどたどしいドイツ語で待ち合わせ場所と時間を決める。オンケルなのに言葉のハンディを背負うこっちが緊張気味。会話は成立したものの、分かり合えているのかいまいち不安なところへおばちゃん(ダニエルのおばあちゃん)から電話がかかってくる。明日の12時にヨドバシカメラのカムコーダー売り場で待っていてくれるそうで、よろしくね。お〜、通じてるやん。ドイツ語のできないおばちゃんは、日に何度もドイツに電話をして確認をとるらしい。なんとも大掛かりな待ち合わせ。そして電話口のおばちゃんが、ところでカムコーダーって何なん?この二人は世代と言葉の壁の狭間でどうやって暮らしているのだろう。カムコーダー売り場に現れた15歳のダニエルは声変わりをし、英語を話した。なんやおえ〜、英語できるんやあ。恥ずかしい思いさせるなよお。ソクラテスでお昼を食べて、アメ村に寄って、弟の職場の吉本に行く。電話をしても弟はいないので、吉本笑店街で彼の血も流れているはずの何かを感じてもらう。そして、僕の叔父の見舞いにも付いてきてくれる。

インドのカレーにちょっと食べ飽き、日本のカレー屋のカレーがむしょうに食べたかったここ数日。大阪で辛〜いインディアン・カレー(生卵付き)と自由軒の名物カレーを立て続けに食べる。う〜ん、でもやっぱりなんか物足りない。なんかが。

久しぶりにみんなで温泉旅行。みんなとはもちろん中3の同級生たちとその奥さんとか、彼女とか、元奥さんとか、どれにも当てはまらないひとの集まり。少し前までは毎年何度も行っていたのに、こんなに大規模なのは数年振り。僕は紀伊田辺と白浜の間にあるホテルに泊まる最初の夜だけ参加。ここはひとりでも来たことがあるお気に入りのホテル。目の前には黒潮の流れる太平洋が広がり、露天風呂からも海が見える。とりあえず、白良浜へ直行。僕は1泊しかないので、そこから崎の湯に直行。この天然露天温泉は、岩だらけの湯船のすぐそばが海。後ろに建つホテルのバルコニーからは丸見え。まぐろになった気分で湯につかり、海を眺めると裸体をみられても恥ずかしくはない。崎の湯の帰り道では、いつものように60円の反対卵を食べる。沸点より低い温泉に長めにつけてあるので、黄身より白身の方がやらかい温泉卵。とはいっても黄身もちゃんと半熟。いつものように塩のふたを閉め忘れておばちゃんにおこられる。白浜に来ても、みんなやっぱり阪神の試合が気になるので、夜ご飯はとれとれ市場で魚を買って部屋で食べることに。このメンバーなら、どこに居てもなにを食べても、阪神が勝っても負けても、結局はいつものしょーむないネタにケラケラ笑い、疲れて寝てしまうだけ。夜が明け、温泉につかっても同じネタで笑っている。そんな旅行。

大阪に戻り、恒例でも不定期なgraf香西主催の昼ご飯の会。レギュラーメンバーのキンコとは、一度も一緒に夕食に行ったことがないのでこの会の存在にもなんとなく意味がでてくる。今回は、graf近くのソレイユというオルガニックな感じのレストラン。料理がうまいという以前に、野菜の味がする。少しの間、忘れていた食感を取り戻す。ニセ野菜にごまかされてきた日々よ、さようなら。

ICCに戻って、ローリー・アンダーソンの『時間の記録』展を観る。僕がロンドンに移った前の年の1983年、シングル『オー・スーパーマン』はなんと全英チャートで1位になっている。彼女の作品にはパーフォーマンスや音楽が多いので、展覧会として見せることは困難なはず。でもローリー・アンダーソンのカッコ良さと面白さの詰まったような展覧会。僕はなにより物語を語るローリー・アンダーソンの声がたまらなく好きです。自分が興奮して観てきたそれぞれの作品と対面することにより、その頃のあつい気持ちもよみがえってくる。20年以上もファンとしてフォローしていると、気分は自分の回顧展のよう。