朝9時、突然ポンタウィーサックがホテルにやって来る。この旅で唯一ゆっくり寝ていられる今日の朝は、朝食をあきらめて日曜日らしく昼まで寝るつもりやったのに。起きる気配の全くないトヨシマくんの朝食券でポンタウィーサックを連れて食べるはずのなかった朝食をとる。なんと、わざわざアルミのティーポットの蓋を持って来てくれたのだった。去年のロンドンでの『アジアのトラの詰め合わせ』展に出展してくれたティーポットでできた電動の『恐竜』5匹と半分焼けたドアマットでできた『収穫祭』という作品をそのまま僕にくれたのだが、『恐竜』の蓋が展覧会中に紛失したのでわざわざ買って来てくれたのだった。本来なら僕が蓋を探して、お詫びをしに行くはずなのに。新作の画像を見せてもらうと、これまた面白く、ケータイでできたビルに電話がかかると地震のように揺れるよくできた作品だった。部屋に戻るとトヨシマくんはもう起きて、ベッドの上でセクシーな感じでコンピューターで作業をしていた。ラーメンを食べに外にでて、そのままリサーチを兼ねて買い物をしに街にでる。それにしても僕らはタイに来て何杯のラーメンを食っただろうか。慣れない買い物にもほどよく疲れたので、トヨシマくんをとっておきのマッサージに連れて行く。男二人で行くにはちょっと場違いのような、住宅地にある民家を改造したとても素敵な快楽の館である。タイの古式マッサージにスウィーディッシュ・マッサージを取り入れた少しマイルドなマッサージ。絶品である。トヨシマくんは再び催眠術にかかった目をして、たまりませんわ、と声にならない声を発する。そして、受付のお姉さんには、I will be back! と宣う。ホテルに戻ると、僕はプールで泳ぎ、トヨシマくんは部屋でマッサージの余韻を愉しむ。夜はミーティングが2つあるので、とろけてはいられない。まずは、タムのお姉ちゃんの会社が経営するグレイハウンドという店でモダンドックというバンドのポッドとパスタを食べる。大阪ではタイ料理、神戸で寿司を食べたポッド。モダンドックはインディーのくせに、マーケットの大きくないタイで60万枚も売ったバンドである。コカコーラの宣伝に出演して、一部ではちょっと反感もかっている。今日は彼の写真の作品を見せてもらう。そして、僕らの熱く暑くもなるタイのプロジェクトを説明する。僕らをミニクーパーでホテルまで送ってくれると、出迎えたドアマンたちが、あっモダンドッグのポッドだ!、と小声で話していたのが聞こえて来た。ほんまにスターなんや。ホテルに戻ると、すぐに今度はプラーブダーが迎えに来てくれる。手ぶらにTシャツ。好感が持てる。なんとなく、テロのターゲットでもあるアメリカ系のシェラトン・ホテルのラウンジにジャズを聴きに行くことにする。彼は小説家であり、脚本家であり、写真も撮り、音楽もやる。大学はNYのクーパーユニオンで美術を勉強したらしい。英語で教育を受けているので、彼の書くタイ語の小説には英語の影響が役立っていると言う。彼の書き物は読んだことがないけれど、その穏やかな話ぶりからとても興味がわき、共感もできる。なにか、自分にとても近い人ではないかと思えるいい出会い。軽く興奮したので、歩いてホテルに帰ることに。1日の締めはもちろんホテルの近くで足マッサージ。台湾の足マッサージは痛すぎるし、イギリスのは優しすぎる。効果はさておき、タイのおばちゃんのが適度で一番気持ちいい。金持ちになったら、おばちゃんを連れて旅行する。もう道路で寝てしまいたい。
April 2004アーカイブ
川向こうの街にあるタムくんの実家はとても立派。高級住宅地には見えないのに、家の門が開くと緑あふれる庭の奥にある南国モダンな建物からタムくんのお姉さん夫婦が犬と一緒に出迎えてくれる。絵に描いたような裕福さ。連れて行ってもらった近くの水上マーケットの周辺の店もどこしか上品な感じで商品が並んでいる。これまたタイのTVドラマにでてくる裕福な家の奥様役の女優さんのようなタムくんのお母さんも参加する。タムくんのお姉さんもたまたま僕のロンドンの大学の後輩で、Greyhoundというブランドのチーフデザイナーをしながら、Erbasiaというブランド名でタイのハーブを使ってお茶やら化粧品なども売っている。旦那はTVコマーシャルのデレクターとこれも絵に描いたようなクリエイティブ夫婦。ボートの上で揺れながらランチをごちそうになる。ラーメンやらおやつやら、ボートに乗ったおばさんが売りにくるのである。きわめつけにボートを貸し切ってくれて、運河をクルージング。しあわせそうな民家やお寺を間近に眺めながら進んで行く。子供たちはこのきれいではなさそうな水につかって遊んでいる。なんと愉しそうな生活なんだろう。途中、魚が寄ってくるポイントがあって、パン売りからパンを買って、ボートから魚に投げ与える。僕とトヨシマくんは魚の口のサイズを考えてパンを小さくちぎって投げ与えているのに、タムくんのお母さんはパンを丸々1斤小さな魚たちに投げ与えてる。それも左手で気だるそうに、マダム風に。満腹のうえにボートではアイスティーと団扇まで配られ、午後の心地よい日差しと風を浴びながら至福の1時間を過ごす。「もう、言葉になりませんわ」とトヨシマくんの目は催眠術にかかった人のようにとろんとしている。タムくんの家族には裕福で幸せな家庭のとある週末の午後を垣間見せてもらう。ホテルに帰る前にabout cafeに寄って行くもの、暑すぎて誰もいない。夜にも郊外でおよばれしているのでホテルに急いで、シャワーを浴びてまたすぐに出掛ける。手土産に隣のホテルのケーキ屋さんで大きなフルーツ・チーズケーキを丸ごと1つ買う。僕らも気持ちに余裕がでてきたのか。「普通なら、澤さん、ケーキ買って1日終わりでしょ」というトヨシマくんの指摘は正しい。バンコクでこんなに忙しいのは普通ではない。スティの家は海に向かってし市内からタクシーで1時間ちょっと。長旅なのでいいタクシーを選ぶ。いい感じのタクシーを捕まえて、ケータイでスティに道順をタクシーの運転手に説明してもらう。道順はわかったはずなのに運転手のにいちゃんの顔がどうも冴えない。冗談にも笑わない。スピードもあがらない。どうしたのかと執拗に聞いてみると、ちょっと遠い、と英語で言った。行きたくないのか、と聞き返すと。情けない顔をしたので、運ちゃんを解放してあげることに。せっかく捕まえたのに、キャッチ&リリース。僕らはジェントルマン。2人目の運ちゃんは気力あふれる感じで地図を見せたらそのまま直行してくれる。前にも来たこの家、遠くから見たらリゾートホテルのよう。丈夫で良質なマンゴーの木でできた昔の家を買い取り、ばらしてここまで持って来て建てなおしたらしい。古いのが2つにそれを真似た新しいのが1つ。3つの家が1つになって、離れにスティのスタジオ。近所の人たちは映画のセットと間違えるらしく、女優が来てないかと見に来るらしい。スティ、ラッカナ、フィリップ、nuts society、スティの生徒たち。ここでもしあわせな生活を見つける。
チェンマイで旅の最初の朝を迎える。朝の太陽の光が眩いテラスで朝食を食べようと外のテーブルを確保すると、ウエイターはどうしてクーラーの効いた中の涼しいレストランでなくわざわざ暑いテラスに座るのか、と不思議がる。僕らは暑〜いのを求めてやってきたのである。オムレツを食べて栄養を得るというより、太陽の光を浴びて充電している気がする。じわじわ気持ちいいものを感じる。まりちゃんはもうバスでビルマへ向かっているはず。僕らはテラスでの朝食を終えて、市場をパトロール。だだっ広い1階の売り場に、動かなくなって久しいと思われる埃をかぶったエスカレーター。市場の上の食堂。屋上の小さなお寺。まるでここは小宇宙。チェンマイ大学美術館を経由して、タイの作家カミン・ラーチャイプラサートが自分の土地で運営するUmong Sippadhammaへ。9月にもチャンライからアンクリットが車でここまで連れてきてくれたのに、なぜか急に熱がでてバンコクに帰ってしまった。あの時はONE DAYという1日1アーティストで1ヶ月間毎日違う展覧会という企画をやっていた。毎朝10時にその日のアーティストはやって来て、6時にアーティストトークをして、8時に撤収という、この穏やかなチェンマイには似つかない激しく忙しいギャラリー活動。その時のカタログができあがっていて、そこには熱をだした日の僕の姿が!でもその日の僕は笑ってる。熱をだしながら、ここで撮ったアンクリットのトラの体に髪の毛をセンター分けにした人間の顔の付いた立体作品の写真を去年のLUCAの旅日記のページに使った。そして、今発売中のLUCAはこの場所の特集をしていて、なんとこのトラの作品も写ってる。2号連続でチェンマイはずれのギャラリーにある有名でもないアーティストの作品が登場するとは面白い。トヨシマくんのスケジュールがかなりタイトなのでゆっくりしている時間はない。本日のメインイベントのThe Landまでカミンが車を飛ばしてくれる。LUCAの写真ではThe Landの田んぼは田植え前だったけど、今はきれいに稲穂が付いている。水牛たちもしっかり食べて、うんこして、ガスを提供している。まだあんまり機能していないようだし、「家」もちょっと古びてきているけれど、水牛と稲穂がこの土地に生命力を与え、なにか可能性を感じる。彼らのテーマである「瞑想・美術・環境」を強く感じる場所。ここではONE DAYではなくONE YEARというプロジェクトをするのだそうだ。12人の参加者がここで1年滞在してワークショップを行う。僕らは1年どころか1時間。あまりに急がしすぎてチェンマイ動物園にパンダすら見に行けない。夕方の飛行機でバンコクに向かい、アンクリットが参加しているナショナル・ギャラリーのオープニングに向かうがもうパーティーは終わっている。せかっく急いで来たのに。機嫌をなおして今晩はチャイナタウンの路上にでたレストランでシーフード尽くしにする。そして、僕がトヨシマくんを連れて行ったそのレストランがなんとgrafの前身「アジア一族」がバンコク遠征で路上宴会を行った思い出の場所だったとは。
関空に着くと、寝過ごすのではないかと心配していたトヨシマくんの方がなんと先に着いている。MKタクシーの「家まで迎えに来てくれて空港の出発ゲートまで送ってくれて2千円」の乗り合いタクシーは重宝させてもらっているものの、貸し切りで空港まで1時間弱と運のいいときもあれば、今日のように2時間も前に迎えに来て5軒回るときもある。しゃーないか。「8月のタイ(みたいな)」という夏のプロジェクトの為に今日からトヨシマくんとタイにでかけるのである。まずはチェンマイからスタートする。そうそう、トヨシマくんは噂通り異常に寝付きが早く、飛行機でも機内誌を持ったまま寝ていた。それも1ページもめくってないし。blogでこんなに書いてもいいのやろか?チェンマイはなぜか混んでいて、ネットでホテルが取れなかったので、空港でホテルを決めてゆっくり向かう。う〜ん、このだるく暑い感じがたまらなく気持ちいい。この暑く湿った空気に身を包まれると、限りなく肯定的になれる。すべてOK! う〜ん、すばらしい。まずはロンドンの大学の後輩でチェンマイに住んでいるまりちゃんに連れられて食堂っぽいところでラーメンとちょっとしたおかずを食べる。タイのラーメンのなかでは中ぐらいの太さのご飯麺センレックがお好みである。まりちゃんは『タイの屋台図鑑』という本を出版している庶民の食生活の専門家なので安いレストランは得意なテレトリーであり仕事場である。満腹になる前に、今度はトゥクトゥクを捕まえて郊外のとても良さげなレストランに向かう。前に来ようとしたときは間違えて違うレストランに行ってしまった。そこもよかったけど、こっちはかなりよい。どちらにしても、まりちゃんは高級なところはあまり得意ではないらしい。ここはちょっとバリ島のリゾートホテルっぽいけど、作られた感じがない。オープンエアーのだだっ広い木のプラットフォームの上にテーブルがぽつんぽつんと置かれ、湖のそばにあるせいか、少し先のテーブルの奥の方はもやがかかって幻想的。トヨシマくんはすでに雰囲気にもタイワインにも酔っている。雨が降り出しても嫌な気がしない。ますますいい感じになる。すべてが許される。
NHK大阪制作の朝ドラ『てるてる家族』終わる。なんとなく毎日、最後は終わりを惜しみながら観てしまった。平均視聴率20%を求められるベタな朝ドラでこれだけ実験的はアプローチは民放のドラマよりも好感が持てる。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』調のミュージカルを真似ることはできても、カメラ目線のどアップで「ナンセンス!」とセブンティースのギャグでボケる秋子にはちょっと感動。番組の最後には60年〜70年頃の僕が生まれ育った地域のスチル写真が日替わりで映った。最終回を見届け、まさにその頃の思いでの詰まる万博公園にヤノベケンジとエキスポタワーの設計者で建築家の菊竹清訓のトークイベントを見に行く。会場からの質問で万博のパビリオンのことを尋ねられた菊竹さんはスイス館をかなり褒めていた。スイス館のすばらしい思い出はただの子供も妄想ではなかったんだとうれしくなる。エキスポタワー跡地のライトアップイベントはいまにもUFOが現れそうな不思議な雰囲気。静かな興奮を胸に秘め、みんな七夕の夜のような笑顔。夜のイベントは愉しい。
な、なんと晩餐会を催す。参加者はトヨシマくんとチアコさん。編集作業を手伝ってもらったけれどギャラが少なかったので、お礼に食事をすることに。日常逃避ということで、ハイアット・リージェンシー・オーサカ最上階でフランス料理。料理研究家の叔母と料理写真家の叔父に頼んで、喜多シェフにコースで料理を用意してもらう。まるで旅行にきた気分。30分までgrafにいたとは思えない。10分前まで地下鉄に乗っていたとは思えない。このメンバーでこのレストランは華やかというよりは奇妙なパーフォーマンスに近い。パンチの効いたコース料理はとてもおいしく、湯気に乗って鼻の奥までクゥーンとくるトリュフの薫りはすっかり忘れていた感覚。フォアグラの脂でやられた胃を手で押さえながら朝を迎えるのも久しぶりの感覚。
34年振りに太陽の塔の中に入る。自分では太陽の塔の中に入った記憶があるけれど、親はよく覚えていなかった。入ってみると確かにこの場にいたことを思い出す。太陽の塔の中はまるでそのまま1970年。外から眺めているだけでは思い出せないことをたくさん思い出す。子供の頃、家の横の小さな公園でシーソーの上になったら太陽の塔の右側とソ連館が見えた。会社帰りの父親とはスイス館の大きな電球の木の下で待ち合わせた。コンビニなんかないあの時代、あんなに夜に明るい場所はなかった。弟は万博に行くたびに迷子になった。迷子カーで拾われて、迷子センターに連れられて、迷子バッチの引き換え券と引き換えに弟を返してもらいにいった。迷子の子供たちが泣きじゃくる迷子カーの荷台で弟はひとり笑顔で手を振っていた。弟がもう迷子にならないように胸でクロスする紐を付けたら、今度は犬のように四つんばいになって歩きだして、外国人観光客の人気の的になった。外国人たちにカメラやら8ミリやらで撮られだすと、今度はカメラに向かって吠えた。世界のどこかに弟が四つんばいになって吠える映像があるはず。

